Yangtze Memory v. Micron Technology (審決)
IPR請求時に真の利害関係者全員を記載しないIPRは不受理あるいは受理されたIPR手続きは失効する)

2026年1月15日

Summarized by Tatsuo YABE  2026-02-13


概要:
AIA米国特許法312(a)(2)によるとIPR請求時に真の利害関係人(Real Party in Interest : RPI)全て知らせなければならないと規定されている。この条文の規定はIPR請求後に訂正(漏れがある場合には追加)などが許されるなど特許庁でも何度か緩和策が講じられた。しかし、今回のSquires長官による決定(Director Review)によって、IPR請求時に真の利害関係者(RPI)を全員記載しない場合には審理が進行中であっても不記載が見つかると手続きは中止となる。

■ Squires長官による決定:2026-01-15
IPR2025_00098_099_Yangtze_v_Micron_DR_Decision.pdf
■ 権利者:Micron Technology, Inc., (以下Micron
■ IPR請求人:Yangtze Memory Technologies Co. (以下YMTC
■ IPR2025-00098 & IPR2025-00099

本件はSquires長官による決定で一旦審理が決定されたIPRを却下したものである。 却下した理由は、Squires長官による開示命令(RPI:「真のIPR請求人の情報」)に対してIPR請求人YMTCが誠実に対応しなかったということによる。即ち、AIA米国特許法312(a)(2)の形式的要件違反ということが理由である。 そもそもYMTCは中国国有資本が関与し、米国商務省のEntity List に掲載された企業であるが、受理されたIPRを中止した理由は国家安全保障上の理由というところまでは踏み込んでいない。

1. 事案の概要
中国の半導体メーカー (YMTC)がMicronの3次元メモリ関連特許2件に対してIPRを請求した。 PTABは当初、IPR請求を受理したが、権利者がDirector Reviewを求めSquires長官が応じ、IPR請求受理を取り消した。

2. 背景事情
YMTCは、中国国有資本が関与する企業であり、米国商務省のEntity List 掲載されている。これら事実を受け、Squires長官は Show Cause Order (事情を説明しろという命令)を発し、「限られたUSPTO資源を使って、YMTCによるIPR請求を受理しMicronの特許の有効性を審理する正当性」を説明するよう要求。しかしYMTCRPIを特定することもせず、商務省のEntity Listに掲載されていることにも触れなかった。その結果、Squires長官は、PTABで一度受理されたIPR請求を却下した。 その理由は、ただ一つで、YMTCが「すべてのRPI」を特定・開示しなかったことによる。

3. 権利者Micron側のRPI主張(2点)
[a] 中国政府がYMTCの背後にいる実質的当事者(RPI)であるのに、開示されていない;
Return Mail最高裁判決(2019年)により、「外国の政府」はIPRを請求することはできない(外国政府は[b] AIA312条(a)(2)の「person」に該当しない)。 Squires長官はこの点に関しては本Director Review (長官による審理)では判断しないという言及に留めた。 寧ろ、主権者(君主)によるIPR請求に対しては長官の裁量権の行使によって不受理にできると述べた。

4. RPIReal Party in Interest)の考え方
[a] AIA312(a)(2)は、IPR請求を受理するか否かを判断するための「入口要件」である;
[b] RPIとは、IPR請求を支配・コントロールし、IPR実施により利益を得る関係者である。

YMTCの対応
[a] PTABから複数回、支配関係・所有構造の説明機会を与えられた;
[b] しかしYMTCは、Micronの証拠は「不十分」「無関係」と反論するのみで、誰がYMTCを支配しているのか、なぜ中国政府がRPIでないのか一切、積極的説明をしなかった;
[c] すなわち、YMTCは「中身のない理念論と、自分は不当に扱われているという愚痴を並べているだけで、本来答えるべき質問(RPIは誰か?)には一切答えなかった。

. Corning Optical法理の強化適用
Squires長官は Corning Optical PTAB:2015年)の法理を本件にズバリ適用した。 即ち、RPI不開示は「審理に付す条件を欠く(not in condition for consideration)」ことになる。さらに、IPR請求人はIPR請求の後に、外国政府を追加するというような訂正はできない。

実務的メッセージ(まとめ)
本件は「中国企業排除」によるIPR請求を不受理とするのではなく、「RPIを開示しないIPR請求人を排除」した。 不透明な支配構造・資本関係を持つ申立人は、今後IPR入口で厳しくチェックされることになる。RPIはもはや形式論ではなく、IPR請求が受理された後でもRPI開示義務違反によってIPR審理が中止となる。 本件では、商務省のEntity Listに掲載された企業によるIPR請求であり、請求時から負のバイアスが掛かっていたことは明らかである。しかし、Corning事件(審決:以下概要説明参照)にあるように米国の普通の企業でありながら親会社をRPIに記載していなかったことで既に受理されていたIPR請求も却下となった。


参考:

■ 米国商務省のEntity List
米国商務省の管轄で実務運用はBIS(Bureau of Industry and Security)による。法的根拠は輸出規制法(Export Administration Regulations)にあり、米国の国家安全保障または外交政策上の利益に反する活動に関与している、または、その重大なリスクがあると合理的に信じられる者のリストを意味する。対象は相手国ではなく特定の組織、企業、個人に及ぶ。

米国商務省の Entity List に掲載されても、自動的に「米国の敵国(enemy state)」とみなされるわけではない。ただし、米国の国家安全保障・外交政策上「重大な懸念がある存在」として、強い輸出・取引制限の対象になる。 故に、Entity List掲載者に米国企業が技術情報・製品・ソフトを提供するには原則「輸出許可」を得る必要がある。但し、実務上許可はおりない。 日本企業内の不祥事も昨今は内部告発者(Whistleblower)により多々明るみにでているが社内の不正というのは「企業側の道徳」という位置づけで米国という国家の安全保障には直結しない。しかし同盟国(日本)においても、1980年代の「東芝機械事件(潜水艦の静音化に直結する技術を当時ソ連に不正輸出した)は米国に対する深刻な裏切り行為とまで言われた。 今日、この種の行為があれば日本の企業もEntity Listに掲載されることになる。

■ Corning Optical Commc’ns RF, LLC v. PPC Broadband, Inc. (PTAB 2015-08-18)
Corning Optical審決は、PTABにおける IPR2014-00440 等の一連のIPR事件で、「real party in interestRPI:真の利害関係者)」をどう扱うかを正面から扱った重要決定(審決)である。2015年当時の審決が、2025年10月に先例(precedential)に指定され、現在の AIA 審理実務に強い影響を及ぼしている。

主要なポイント

事案の背景と手続経過
Corning Optical PPC の特許に対し 3 件の IPRIPR2014-00440, -00441, -00736)を提起したが、そのIPR請求書面では親会社 Corning Incorporated および姉妹会社 Corning Optical Communications LLC RPI として列挙していなかった。特許権者 PPC は、手続進行後に RPI 開示不備を理由とする却下動議提出の許可を求め、追加証拠開示とブリーフィング、RPI に関する口頭審理が行われた。その結果、PTAB は親会社・姉妹会社が IPR の資金提供や指揮・管理を行っていたと認定し、「真正当事者(真の利害関係者)」に該当すると判断した。 この認定に基づき、PTAB 35 U.S.C. § 312(a)(2) の文言「only if … identifies all real parties in interest」を厳格に読み込み、請求者がRPI を特定(開示)していない以上、そもそも IPR 請求を「受理」することはできず、既に出されていた institution decision IPR請求受理決定)も vacate(取り消し)して、3件すべての IPR を却下・終結した。

■ Return Mail, Inc. v. United States Postal Service 判決(最高裁: 2019年)
Return Mail2019年)は連邦政府機関が特許審判で「人」(person)としての資格を持つかどうかを判断した重要な判例である。裁判所は、連邦政府機関は特許審判手続きで「人」として扱われないとする63の判断を下した。
事件番号: No. 17-1594
判決日: 2019610
背景
Return Mail社は、郵便物の返送処理技術に関する特許を所有しており、米国郵便公社(USPS)がこの技術を無断で使用していると主張した。訴訟後、USPSPTAB(審判部)でCBMレビュー(AIAで成立した付与後の手続きの一つ:IPRPGRCBM)を申請し、Return Mailの特許の無効化を求めた。問題は、USPSが特許法における「人」としてこの手続きを請求できるかどうかにあった。 [CBM: Covered Business Method Review (ビジネス特許に対する無効審判)]

最高裁の判断
最高裁多数意見は、特許法の文脈における「人」は通常、政府を含まないとする法解釈の原則を適用した。したがって、連邦政府機関であるUSPSCBMレビューを申請する資格を持たない。この解釈により、政府機関が特許無効手続に参加する範囲が制限された。