Ecto World, LLC v. RAI Strategic Holdings, Inc., IPR2024-01280
米国特許法325条(d)項による「PTABの裁量権による却下(IPR請求に対する裁量的却下)」に対する判断基準を明示した審決(2025年5月19日にPTAB先例認定)
USPTO審判部の裁量権によるIPR請求却下
USPTOの審決:2025年5月19日
Summarized by Tatsuo YABE
May 27, 2025
本審決は325条(d)項による「PTABの裁量権による却下(IPR請求に対する裁量的却下)」に対する先例の地位が与えられた。故にIPR請求に関して今後の325条(d)項の適用の仕方を拘束する。
本件ではIPR請求人は特許を無効にするべく先行文献(審査段階でIDSされた1000件以上の文献の中で拒絶の根拠となっていない引例)を基にIPRを請求した。PTAB(審判部)は当該先行文献はIDSされ審査官が確認した記録があるという理由でIPR請求を325条(d)項の権限(裁量的却下)の基に却下した。IPR請求人はUSPTO長官による審理を求め、今回それが認められた。即ち、1000件以上ものIDS文献の中でIPR請求の根拠となった先行文献は拒絶引例にはなっていないという理由でUSPTO長官(実は現在は長官不在なので長官代理Stewart氏)は請求人にBecton審決の6要素のうちの(c),(e),(f)に基づき審査官の不備を説明する機会を与えると述べた。
そもそも1000件以上もの文献をIDSとしてUSPTOに提出するというやり方は勧められるものではない。特に、本件特許は技術の難易度の低い電子タバコの吸引具に対するもので1000件以上の先行文献をIDSするというのは常軌を逸していると考える。審査官(レベルによるが)が本件のような機械関係の技術ユニット(art unit)において1件の出願審査を完了するのに掛けられる時間は15時間~20時間である。IDSが1000件あるからと言って審査官のカウント(通常1出願の審査完了で2カウント、年棒を上がるためにはカウント数を増やす必要がある)が増えるわけではない。機械工学という技術分野でGS-12(中間程度のグレード)レベルの審査官は月平均20カウントが必要となる。
このような異常な数のIDS提出を抑制するためにUSPTOは本年1月より段階的にIDS提出費用を高くした。とはいえ最高200件以上という枠でも800ドルという費用なので1000件もIDSするような出願人の行為は抑制できない(IDS数による超過費用を8000ドルくらいにすると効果はでるかもしれない)。
尚、本審決を理解するにあたりPTABでのIPR手続きでまずは314条(a)項で規定する要件(reasonable likelihood that
the IPR petitioner would prevail with respect to at least one challenged claim)を請求人が満たす必要がある。しかし325条(d)項による裁量権に基づきPTABは請求を却下することが可能であり、325条(d)項による裁量却下の判断基準はAdvanced審決(2020年)の2要素テストとBecton審決(2017年)の6要素テストに規定されている。325条(d)項による裁量却下とは別にFintiv審決に基づき並行訴訟の進行の度合いも考慮され裁量却下が認められる場合がある。
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以下審決の概要:
■ 背景:
Ecto社はRAI社の特許(米国特許11,925,202:電子タバコの吸引具)を無効にするべくPTABにIPRを請求した。Ecto社のIPR請求の根拠となった引用文献は202特許の出願審査の段階でIDSされたものだが拒絶理由の対象ではなかった。 しかしIPR請求は、特許法325条(d)項に基づくPTABの裁量権の基に却下された。Ecto社は、当該却下を不服としてUSPTOの長官による審理(Director’s review)を求めた。 問題となったRAI社の202特許は出願審査段階で1000件を超える文献をIDSしていた。IDSで提出された文献が過剰(通常の40倍以上の数)なので審査官は出願人(RAI社)に対してどの文献のどの箇所を審査官がレビュするべきかを知らせるよう要請をしたが、出願人は応答しなかった。RAI社は並行するITCでの手続きに鑑みFintiv要素に基づきIPR請求却下が妥当すると主張した。
■ 325条(d)項による検討:
IPR請求人はIDSとして提出された文献に基づきIPRを請求した。当該文献はIDSとして提出されてはいたが1000件以上もの文献の中のものであり、審査官の拒絶理由の根拠とはならなかった。審査の段階で審査官は出願人に特にどの文献のどの箇所を審査するべきか知らせるように要請したが出願人は対応することなく権利化された。
PTAB(審判部)はIPR請求書で主張されている文献はIDSとして提出され公報にリストされており、審査官が内容をレビュしたという記録があると述べた。さらに、IPR請求人は審査官が202特許の出願審査の段階でどのような間違いがあったのかを説明すらしていないと述べた。
Advance審決の枠組みによるとIDSとして提出された文献はそのパート1を満たす。Advance審決のパート2においてIPR請求人が問題となるクレームを審査官が許可したことが間違いであったということを証明したか否かを判断する。 Becton審決は325条(d)項の規定をどのように適用するかに対するさらなる指針となる。 まず、IPR請求書で根拠となる先行文献又は主張が特許庁で既に提示されていたか否かという事実認定が重要である。 IPR請求人は引用する先行文献がIDSされているが審査官が拒絶の根拠としていない場合には当該先行文献に関する分析結果を提示しなければならない。当該分析をする際にはBecton審決の検討項目(c),(e)と(f)に基づき当該先行文献を審査官が見過ごしていたことを主張しなければならない。
IPR請求人が当該先行文献は審査段階で拒絶理由の対象となっていなかったこと、且つ、審査官が拒絶理由で引用した先行文献とは実体的に開示内容が異なり、問題となるクレームの特許性に影響を与えるということを挙証できればAdvance審決のパート2を満たすであろう。 もし審査段階でIPR請求人が引用する先行文献或いは同等の先行文献を拒絶理由の対象としていた場合には、IPR請求人は引用された文献に無効を主張するクレームの特徴を開示していることを証明しなければならない。
本事案においてIPR請求人の主張は一般的であり説得性に欠ける。よってIPR請求が裁量的に却下されてもしかたない。
仮にIPR請求人がIPR請求の根拠となる先行文献(IDS提出はされている)を審査官が見落としていたことを説得力のある理由で反論ができなかったとしてもIPR請求人はBecton審決の要素(f)に基づき裁量権に基づくIPR請求却下は不当であると主張できる。Becton審決の要素(f)は、追加の証拠及び事実によって先行文献又は主張を検討する理由があるか否かを判断する。本事案においては出願審査中に1000件を超える先行文献(IPR請求の根拠引例を含む)がIDSされており、平均的審査におけるIDS提出文献の数の40倍以上である。さらに、審査段階で審査官が出願人にどの文献のどの箇所に注意喚起するべきかという意見を求めたが出願人はそれに応じることはなかった。この事実によっても325条(d)項による裁量的却下は妥当しない。
上記理由によって本審決に対してUSPTO長官による審理の請求を認める。従って、IPR請求人と特許権者による追加の意見書を提出することを許可すると共に本審決を審判部に差し戻す。
■ Fintiv要素:
IPR請求人によるUSPTO長官による審理の請求に対し特許権者はFintiv要素に依拠し並行するITC手続きにおいて2025年11月24日に調査が完了する予定であるので裁量却下するべきであると主張した。 2022年6月の審判部の取り決めとしてFintiv要素を検討する際の並行する手続きは地裁での訴訟でありITC手続きは除外されていた。しかし、2025年3月24日まではFintiv要素の並行訴訟にITC手続きを含むように改訂された。
この改訂によって、本件において両当事者(IPR請求人と権利者)に並行するITC手続きに鑑み意見書を提出する機会を与えるのが妥当である。
■ 結論:
上記に鑑みUSPTO長官による審理(Director’s Review)の請求を受理する。
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References:
◎ 米国特許法314条(a)項 (概要)
IPR請求人が問題となる特許の少なくとも1項が無効になるということが確からしいということを挙証することでUSPTO長官はIPR請求を認めても良い(IPR請求が受理される最低の要件)。 314条(a)項の要件を満たしたとしてもFintiv要素によってUSPTO長官は裁量権を行使しIPR請求を却下できる。
◎ 米国特許法325条(d)項 (裁量的却下)
同一または実質的に同一の先行技術、又は、主張が、すでに出願審査段階で審査官に提示されていた場合にはUSPTO長官はIPR請求を却下しても良い。325条(d)項に基づく「裁量的却下」の判断をする際の検討事項が以下に記載するAdvanced枠組み、さらには、Becton要素としてそれぞれ2020年と2017年の審決で決定された。
◎ Advanced Bionics framework(アドバンストの枠組み)
Advanced Bionics, LLC v. MED-EL Elektromedizinische Geräte GmbH, IPR2019-01469
325条(d)項に基づく「裁量的却下(discretionary denial)」を判断するための2段階テストを示した2020年の審決。主に、同じ先行技術や主張がすでに審査官に提示されていたかどうかを理由に、IPR(無効審判)を却下すべきかどうかを判断する。
パート1:同一または実質的に同一の先行技術や主張が、すでに特許審査で審査官に提示されていたか?
パート2:請求人は、審査官が特許性に重大な影響を与える誤りを犯したことを立証しているか?
◎ Becton Dickinson factors(ベクトンの要素)
Becton, Dickinson & Co. v. B. Braun Melsungen AG, IPR2017-01586
325条(d)項に基づく「裁量的却下」を検討する際にPTABが参照する6つの要素(factors)を提示した2017年の審決。Advanced Bionics以前の指針で、Advance要素の検討と共に今も補足的に参照される。
6つの要素(簡略):
(a) IPR請求書の引用文献と審査段階における文献との類似性及び違いは?
(b) IPR請求書の引用文献と審査段階で検討された文献との重複の度合い?
(c) IPR請求書の引用文献が審査においてどの程度レビュされていたか(拒絶の根拠となっていたかなど)?
(d) 審査段階における出願人の主張とIPR請求における引用文献に基づく無効の主張?
(e) IPR請求書において引用文献に対する審査官の評価の間違いが十分に主張されているか?
(f) IPR請求書に提示された追加証拠および事実がどの程度説得性があるか?
◎ Fintiv要素
Apple Inc. v. Fintiv, Inc., IPR 2020-00019
Fintiv要素とは、PTABが並行訴訟の存在を理由に裁量的拒否を行うかどうかを判断する際に考慮する6つの要素:
1. PTABでの審理が開始された場合に、地方裁判所が係属中の訴訟を停止するか、または停止する可能性が高いかどうか?
2.地方裁判所における裁判(トライアル)期日が、PTABによる最終決定予定日とどれほど近いか?
3.裁判所および当事者が並行訴訟にどの程度のリソース(時間・費用)を投入しているか?
4.IPR請求書で提起された争点と地方裁判所における争点との重複の程度
5.IPR請求人と地方裁判所の被告が同一人物(同一企業)であるかどうか?
6.PTABの裁量判断に影響を与えるその他の事情
名称 |
主な適用場面 |
主な目的 |
相互関係 |
314(a) |
IPR請求時の無効理由の主張 |
少なくとも一つのクレームが無効であることを挙証する。 |
IPR請求が認められる最低限の要件 |
325(d) |
裁量却下 |
同じ(または実質的に同じ)先行技術又は議論が既にUSPTOに提示されていた場合には裁量却下 |
|
[a]Advanced Bionics framework [2020/02/13] |
IPRで過去に提示された先行技術や主張がある場合 |
同じ(または実質的に同じ)先行技術又は議論が再提示されたとき、審査官の誤りがあったかどうかを評価する |
325(d)の裁量却下を検討する基本枠組み(2ステップ)。 |
[b]Becton Dickinson factors [2017/12/15] |
同上 |
325(d)での裁量的却下判断を多面的に補足する6要素 |
Advanced Bionicsの補助的指針として位置づけられる |
[c]Fintiv factors [2020/03/20] |
IPRと地裁/ITC訴訟が並行している場合 |
手続の重複や効率性、地裁の審理状況に基づき、制度乱用を防止するためにIPRを却下するかを判断 |
325(d)とは別の裁量的却下の根拠(並行訴訟の有無に関係) |
[a] Advanced Bionics, LLC v. MED-EL Elektromedizinische Geräte GmbH, IPR2019-01469
[b] Becton, Dickinson & Co. v. B. Braun Melsungen AG, IPR2017-01586
[c] Apple Inc. v. Fintiv, Inc., IPR 2020-00019