Ex parte Nicolas Baurin et al.
Appeals Review Panel(審判レビュー・パネル)による審決(元審決を破棄)
2026-08-06
実質的に同一の発明である場合に、特許期間の不当延長防止とは別に、複数の権利者による重複した権利行使を防止する(ハラスメント訴訟の防止)という理由のみでOTDP拒絶をすることは可能か?
Summarized by Tatsuo
YABE on 2026-08-10
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通常、OTDP(自明性型二重特許)は、実質的に同一の発明について複数の特許を取得することによって、実質的に同一発明の特許期間を延長することを防止するために適用される。しかし本件では、特許期間の不当延長防止とは別に、複数の権利者による重複した権利行使を防止する(ハラスメント訴訟の防止)という理由のみでOTDP拒絶をすることを支持した。
1.概要
本件は、Sanofiの特許出願(Application 17/135,529、以下「529出願」)に対する自明型二重特許(OTDP: Obviousness-Type Double Patenting: OTDP)拒絶の妥当性が争われた事案でありUSPTOのSquires長官をメンバーとする審判レビュー・パネル(Appeal Review Panel: “ARP”)による決定である。さらに、本件(APR決定)はUSPTOの先例(Precedential
Decision)に認定され今後の審査を拘束するという重要な事案である。
通常、OTDPは、実質的に同一の発明について複数の特許を取得することによって、実質的に同一発明の特許期間を延長することを防止するために適用される。しかし本件では、OTDP拒絶の参照特許であるUS 10,882,922(以下「922特許」)の方が、529出願から成立する特許よりも約5年遅く満了するという通常とは逆の関係にあった。ARPは、それにもかかわらず、OTDPの目的は特許期間の不当延長防止とは別に、複数の権利者による重複した権利行使を防止する(ハラスメント訴訟の防止)という側面があるとし、従来のPTAB審判部の判断を覆し、審査官によるOTDP拒絶を支持した。
2.529出願クレームと自明性二重特許拒絶との関係
529出願のクレーム1は、複数の標的に結合可能な抗体様タンパク質(多重特異性抗体)の構造に関する。審査官は、Sanofiが既に保有する922特許のクレームを基礎とし、VH/VLドメインの入替え等を教示する先行技術Klein(US 2009/0162359)を組み合わせれば、本願クレームは自明な変形にすぎないとしてOTDP拒絶を行った。この技術的な自明性判断自体は審判では争われていない。
3.特許期間の関係
529出願 (Application No. 17/135,529) – Assignee: Sanofi
922特許 (US 10,882,922) - Assignee: Sanofi
したがって、529出願から特許が成立しても、その特許は922特許より約5年早く満了する。
このため、529特許を認めても922特許の発明について権利期間を後に延長することにはならない。
4.OTDP拒絶の内容 ― 922 特許のクレーム + Kleinの開示内容
本件のOTDP拒絶で特に興味深いのは、922特許のクレームだけで529出願のクレームが自明とされたわけではない。審査官は、922 特許のクレームに Kleinの開示を組合せて529特許のクレーム1~18は922特許のクレーム1~39に対して非自明(patentably
distinct)ではないと判断しOTDPであるとし拒絶した。
注:Klein(US 2009/0162359):2008年12月11日に出願され2009年6月25日に公開なので529出願に対する引例となる。
ここで重要なのは、Kleinについては522出願の出願人(Sanofi)とは全く別出願であり、そのクレームを922特許(Sanofi)のクレームと組み合わせているのではない。OTDP拒絶の一次的な参照特許となるのはSanofiの922特許のクレームである。一方、Klein(出願人はSanofiではない)は922 クレームと529 出願のクレームとの相違点を当業者が自明に変更できたことを示す通常の先行技術であり、その明細書・図面等開示内容が利用される。したがって、本件の分析は通常の103条拒絶に似ているが、
という構造になっている。
5.PTAB審判部の判断
PTAB審判部は、529出願から成立する特許は2032年に満了する一方、922特許は2037年まで存続するため、529特許を認めても特許期間の不当な延長は生じないと判断した。そのため、「OTDPの本来の目的である権利期間の不等な延長が発生しない以上、922特許は529出願に対するOTDP 拒絶の参照特許にはならない」として、審査官のOTDP拒絶を取り消した。
6.ARPによる逆転 ― ハラスメント訴訟防止という目的
ARPはPTABの判断(審決)を覆した。ARPによれば、CAFC判決のFallaux、Hubbell等の判例上、OTDPには二つの目的の重要性が明示されている:
すなわち、実質的に同一の権利範囲を有する二つの特許が将来別々の者に譲渡されれば、被疑侵害者が実質的に同じ発明について異なる権利者から複数回訴えられる可能性がある。本件では第1の問題は発生しないが、第2の複数の権利者によるハラスメント訴訟が発生する可能性があるため、現行CAFCの法理の下ではOTDP 拒絶を維持しなければならないとARPは判断した。
7.Terminal Disclaimerを提出するとどうなるか
Sanofiは審査に戻った後、922特許をOTDP拒絶の主たる参照特許としてTerminal Disclaimer(TD)を提出することにより、通常はOTDP拒絶を解消することができる。しかし、本件ではTDを提出しても529特許(529出願から派生する特許)の満了日は短縮されない。
もともと、
だからである。
また、TDは529出願について提出されるものであるから、922特許の満了日が2032年に短縮されるわけでもない。副次的な先行技術として引用されたKleinの特許期間にも何ら影響しない。したがって、本件のTDでは、本来の「権利期間の終焉部を放棄する」という機能には意味がない。むしろ重要なのは、TDに伴う同一人所有の期間のみ権利行使可能という制約である。すなわち、529特許(529出願が成立する特許)と922特許を別々の所有者に分離して権利行使することを制限することによって、ARPが問題としたハラスメント訴訟を防止することにTDの実質的な意味がある。この意味で、本件は、「特許期間を実質的に1日も短縮しないTD」が要求され得るという、現在のOTDP制度の特徴を示す興味深い事例である。
8.実務上の意味
本ARP審決は、OTDPが単なる「特許期間延長防止」の制度ではないことを改めて示している。
一方ARP自身も、ハラスメント訴訟防止だけを根拠としてOTDPを広範に適用することには問題があり、将来的には不当な権利期間延長の防止を中心とする、より予測可能なOTDP制度が望ましいとの問題意識を示している。
9.筆者コメント:
本件は、2032年に満了する先願に対し、2037年まで存続する後発特許をOTDP 拒絶の参照として用い、先願が権利化されたとしても特許期間の延長が全く生じないにもかかわらず、ハラスメント訴訟防止を理由としてOTDP拒絶を認めた先例審決(ARPによる決定)である。
もっとも、本ARP決定が示した法理について、CAFCが既に明確な判断を示しているわけではない。実は、特許期間の不当な延長が存在しない場合にも、ハラスメント訴訟防止の観点のみを独立の根拠としてOTDPを適用できるかという問題は、現在CAFCで係属中の In re Ablynx N.V., Appeal No. 26-1333において争われている(2026年1月13日CAFCに控訴)。したがって、本ARP決定は現時点におけるUSPTOの先例的立場を示すものであるが、この問題についての最終的な司法判断は今後のCAFC判決を待つ必要がある。
In re AblynxのCAFC判決を待たずにSquires長官が本件(「ハラスメント訴訟防止」の観点のみでOTDPは成立する)を先例指定した理由は、この点に関してUSPTOのPTAB(審判部)内部で真っ向から対立する審決となっており困った状態が生じているからである。従って、In re AblynxのCAFC判決の如何によっては今回の先例指定は覆ることになる。
以上
In re Fallaux, 564 F.3d 1313,
1319 (Fed. Cir. 2009) (stating that “there is a second justification for
obviousness-type double patenting—harassment by multiple assignees”).
In re Hubbell, 709 F.3d 1140, 1145 (Fed. Cir. 2013).
There are two justifications
for obviousness-type double patenting. The first is “to prevent unjustified
timewise extension of the right to exclude granted by a patent no matter how
the extension is brought about.” Van Ornum, 686 F.2d at 943–44 (quotation
and citation omitted). The second rationale is to prevent multiple infringement
suits by different assignees asserting essentially the same patented invention.
Fallaux, 564 F.3d at 1319 (recognizing that “harassment by multiple assignees”
provides “a second justification for obviousness-type double patenting”); see
also Chisum on Patents § 9.04[2][b][ii] (“The possibility of multiple suits
against an infringer by assignees of related patents has long been recognized
as one of the concerns behind the doctrine of double patenting.”).