Amgen v. Sanofi

112(a)項の「実施可能要件」に関して最高裁で審理決定

2022114

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Brief summary by Tatsuo YABE

2022-12-13

合衆国最高裁は112条の「実施可能要件」に関して審理することを決定した。1952年に現行法の基礎たる米国特許法112条が立法されてから「実施可能要件」に対して最高裁がレビュするというのは初めてという意味で画期的なことである。尚、問題となった技術は単離されたモノクローナル抗体で非常に広範なクレームで機能的な表現で規定されている。関連する薬剤としては特許権者AmgenのRepatha™(一般名:エボロクマブ)として知られており、その効用は血液中のLDLコレステロールを低下させる幹細胞表面に発現するLDL受容体にPCSK9という酵素(悪者)が結合するのを防ぐ。地裁と高裁(CAFC)において当業者が不当に多大な実験を繰り返すことなくAmgen特許クレーム1の権利範囲に属する全ての形態に当業者が到達できるように明細書が記載されていないとして「実施可能要件」違反という理由で当該クレーム1は無効と判断された。通常ここで確定判決となるのだが最高裁が上告を受理した。

小職は当該技術分野には略盲目であるがCAFCがWands基準(In re Wands: Fed. Cir. 1988)に基づき実施可能要件を検討したのは正しいが、多大な時間と労力を要することなくクレームの権利範囲に入る全ての実施形態に対して当業者が到達できるように明細書で説明されていなければならないとした判断は過去の最高裁の法理(Minerals Separation v. Hyde: SUP CT 1916)に鑑み厳しすぎると思料する。少なくともこの点(CAFCの基準は厳しすぎ)に関して合衆国最高裁は正すことになると考える。(以上筆者)

 

事件の背景:
特許権者Amgenは2件の特許(以下)でもってSanofiを侵害とし連邦地裁に提訴した。地裁(陪審)では問題となったクレームは無効ではないと判示するも、控訴審(CAFC)において陪審への説示・証拠が不十分と判断し破棄差戻しとなった。差戻審にて地裁で審理されたが陪審は当該クレームを無効ではないと評決した。そこでSanofiは地裁判事に略式判決を求めた結果当該クレームは実施可能要件を満たさないという理由で無効となった。Amgenは当該差戻審の結果を不服としCAFCに控訴したが当該地裁判決が支持された。CAFCの判断に至った主たる理由は当該クレームの抗体はPCSK9プロテインの部位の一部~全てと結合することによって、PCSK9とLDL受容体の結合を阻止するという機能で表現されており、クレームされた抗体は予見不能な技術分野に属するので、In re Wands (Fed. Cir. 1988「著名なWands要因」)に鑑みクレームの権利範囲全体を含むのに(権利範囲に含まれる形態の全てを製造或いは使用するのに)必要な実験は不当に多大なものとなる。CAFCは自身の昨今の判決(Wyeth & Cordis v. Abbott Lab; Enzo Life Science v. Roche Molecular; Idenix Pharma v. Gilead Science)を引用し、これら事件で問題となったクレームは実施可能要件を充足しないと述べた。その理由は各クレームには広範な権利範囲が規定されており、その権利範囲の全体が実施可能要件を満たすには多大な実験(undue experimentation)が必要となる。

Sanofi(被疑侵害者)及び米国政府(Solicitor General:米国訟務長官)は本事案の上告を受理するべきではないという嘆願書を最高裁に提出したが、この度、最高裁が本事件の上告を受理することになった。

Amgenの特許:
米国特許第8829165号
米国特許第8859741号
共に4件の仮出願(2007年8月~2008年8月)を基礎とする米国出願から派生した特許

Amgenの薬剤:Repatha™(一般名:evolocumab)エボロクマブは脂質異常症の治療薬の一つである。LDLコレステロールの値が高いと心臓病の原因となりうる。肝細胞表面にはLDL受容体が発現しており、同受容体はLDLコレステロールを除去する機能がある。PCSK9は当該LDL受容体と結合すると受容体の機能を阻害する。当該薬剤に含まれるモノクローナル抗体はPCSK9と結合することによってPCSK9がLDL受容体と結合するのをブロックする。

被疑侵害者:
Sanofi: 問題となった薬剤、Praluent®(一般名:Alirocumab)アリロクマブは、バイオ医薬品の1つであり、食事療法やスタチン投与で管理不良な高コレステロール血症に対する第2選択の治療薬である。PCSK9阻害薬に分類されるヒトモノクローナル抗体である。米国での承認日は2015年7月であり、エボロクマブよりも早く、米国で初めてのPCSK9阻害薬となった。

特許発明の概要:
クレーム1(165特許):
モノクローナル抗体であって、PCSK9と結合することによってPCSK9がLDL受容体と結合するのをブロックするとし、当該抗体が結合する何れか一つの部位(least one of the following residues: S153, I154, P155, R194, D238, A239, I369, S372, D374, C375, T377, C378, F379, V380, or S381 of SEQ ID NO:3,)と規定している。

問題となった特許クレーム:
1. An isolated monoclonal antibody, wherein, when bound to PCSK9, the monoclonal antibody binds to at least one of the following residues: S153, I154, P155, R194, D238, A239, I369, S372, D374, C375, T377, C378, F379, V380, or S381 of SEQ ID NO:3, and wherein the monoclonal antibody blocks binding of PCSK9 to LDLR.

最高裁での争点:
「実施可能」とは米国特許法第112条で規定する「明細書は当業者がクレームされた発明を製造及び使用できるように教示すること」という要件で判断するのか、或いは、「明細書はクレームされた実施例の全ての範囲にわたって当業者が不当に多大な実験をすることなく(多大な時間と努力を要することなく、発明の実施形態の全て或いは略すべてを特定し製造する)到達できるように教示する」という要件で判断するのか?

Whether enablement is governed by the statutory requirement that the specification teach those skilled in the art to “make and use” the claimed invention, 35 U.S.C. § 112, or whether it must instead enable those skilled in the art “to reach the full scope of claimed embodiments” without undue experimentation—i.e., to cumulatively identify and make all or nearly all embodiments of the invention without substantial “ ‘time and effort,’ ”.

参考:
In re Wands (Fed. Cir. 1988)
実施可能要件を満たすか否かを判断する上で、明細書を参酌し当業者が発明を実施する上で不当に多大な実験(undue experimentation)を要するか否かで判断する。この不当に多大な実験を要するか否かを判断するために衡量する項目をWands要因と称する(以下(1)-(8)を参照):

Those factual considerations, which have come to be known as the “Wands factors,” are: (1) the quantity of experimentation necessary, (2) the amount of direction or guidance presented, (3) the presence or absence of working examples, (4) the nature of the invention, (5) the state of the prior art, (6) the relative skill of those in the art, (7) the predictability or unpredictability of the art, and (8) the breadth of the claims.

Minerals Separation v. Hyde (SUP CT: 1916)
("The test of enablement is whether one reasonably skilled in the art could make or use the invention from the disclosures in the patent coupled with information known in the art without undue experimentation."). 要は、当業者がクレームされた発明を実施するのに「不当に大変な実験(undue experimentation)」を必要としないようにクレームされた発明が明細書に具体的に開示されていることを要求している。本最高裁判決において、発明された手法に関わる潜在的には無数のバリエーションを特許(明細書)で特定することは不可能であると述べています。