RAI Strategic Holdings v. Philip Morris

202429
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明細書で開示した数値レンジよりも狭い数値レンジを規定するクレーム(但し、狭い数値レンジは明細書には記載されていない)がある場合に112(a)項の「記述要件」を満たすか否か 

OPINION by Chen, Stoll and Cunningham (Circuit Judges)
Summarized by Tatsuo YABE – 2024-02-16

本件特許は電子喫煙具に対する発明に関し、明細書において加熱部の長さはエアロゾル生成物質に対して75%~125%、或いは、85%~115%であると記載されており、従属クレーム10では当該比率が75%~85%であると規定されていた。但し、明細書には75%~85%という数値レンジは開示されていなかった。この従属クレームの数値レンジが明細書でサポートされているのか、即ち、当該従属クレームに対し明細書は112(a)項の「記述要件」を満たすのかが争点となった。


CAFCは発明の難易度、予見可能性、明細書より当業者が得られる知見、さらに、明細書の数値レンジとクレームの数値レンジにおける発明の性質が異なるのかを総合的に判断すると述べた。本事案の場合には電子喫煙具の加熱部とエアロゾル生成物質の長さの比率という予見可能で且つ難易度の低い電気・機械分野の発明であったことと明細書のレンジとクレームのレンジでの発明の性質が異なるとは理解できないという理由でCAFCはクレームされた発明に対し明細書は「記述要件」を満たすと判断した。

本判決より、難易度の低い機械関係の発明においては明細書で数値レンジをできるだけ広く記載しておくことでクレーム補正時の自由度が増すことが理解できる。しかし引例の数値レンジを回避するべくクレームを補正したところで非自明性(進歩性)の壁に直面することになる。従って、結局は出願審査での権利化、訴訟での有効性を維持するためにはクレームで規定する狭い数値レンジにおける発明の重要性(特異性)を主張できなければ実体的な意味はないだろう。(以上筆者)

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■ 特許権者:RAI Strategic Holdings
■ 被疑侵害者:Philip Morris Products S.A.
■ 関連特許:USP 10,492,542  (以下542特許)
出願日:201999日(但し、201189日の原出願からの継続・分割を経た出願)
特許日:20191226

■ 特許発明の概要:
当該特許は所謂電子タバコに関し、より詳細にはエアロゾルを生成する物質を収容する喫煙具に関する。「エアロゾル」は加熱されるとタバコの煙に似た霧状のものが生成される。

■ 背景:
RAI社は542特許の権利者で、Philip Morrisは当該特許を無効にするべくUSPTOの審判部にPGRPGRIPRと違い101条、112条も無効理由となる。但し、特許発行後9か月以内に申請要「筆者注」)を申請した。Philip Morrisの主張は542特許のクレームは112(a)項の記述要件を満たさない、或いは、RobinsonGreim、或いは、WangまたはAdams引例との組み合わせによって自明である。特に従属クレーム1027(数値限定)は明細書にサポートが欠落しており、112(a)項の記述要件を満たさないと主張した。

■ 問題となったクレーム:
 クレーム10

10. The smoking article of claim 9, wherein the heating member is present on the heating projection along a segment having a length of about 75% to about 85% of a length of the disposable aerosol forming substance.

■ 争点(自明性は略す):
542特許のクレーム10112(a)項の記述要件を満たすか否か?

■ PTABの判断(審決)
審判部は542特許のクレーム10とクレーム27112(a)項の記述要件違反、それ以外のクレームは自明であると判断した。

■ CAFCの判断
542特許の明細書において加熱部の長さはエアロゾル生成物質に対して75%~125%、80%~120%、85%~115%、或いは、90%~110%であると記載されており、クレーム10では当該比率が75%~85%であると規定されている。

 

2010年のAriad大法廷判決によると、明細書の開示によって、発明者が出願時においてクレームされた発明を所有していたことを当業者が合理的に理解できる場合に112(a)項の記述要件を満たす。Ariad Pharms., v. Eli Lilly & Co., (Fed. Cir. 2010) (en banc) どの程度詳細な説明が必要かはクレームの性質及びその権利範囲、さらには当該技術の難易度及び予見可能性によっても変わる。Ariad 記述要件を満たすか否かは、明細書の開示内容を基礎とし当業者による客観的な判断となる。さらに、記述要件は事実問題であり控訴審においては下級審の判断が実質的な証拠に基づくものか否か(substantial evidence standard)で判断する。Gen. Hospital Corp. v. Sinna Biopharms (Fed. Cir. 2018)

CAFC4件の先例を参酌し、本件に適用した。4件の先例のうちIn re Wertheim (C.C.P.A. 1976)において実施例(明細書)の数値レンジよりも狭いクレームのレンジが記述要件を満たすと判断された。 In re Baird (C.C.P.A. 1965)において実施例(明細書)の数値レンジよりも狭いクレームのレンジが記述要件を満たさないと判断された。

In re Wertheimにおける発明は冷凍乾燥されるインスタントコーヒーを製造するためのプロセスに関し、問題となったクレームは、濃縮珈琲エキスの固形分含有率が35%~60%であることを特徴とする。明細書には固形含有率が25%~60%のレンジと実施例として36%と50%が開示されていた。審判部ではクレームのレンジは明細書でサポートされていないと判断したが裁判所はクレームされたレンジの発明と明細書に開示されたレンジの発明との違いを示す証拠がないとして審決を破棄した。即ち、In re Wertheimでは、実施例(明細書)の数値レンジ(25%~60%)よりも狭いクレームのレンジ(35%~60%)が記述要件を満たすと判断された。

In re Bairdは旧法におけるインターフェアランス手続き(先発明を争う)から派生した事案であって、既存の特許のクレームを出願人がコピーし先発明を争った(他社特許のクレームをコピーし先発明を争うというインターフェアランスでは良くある手法「筆者注」)。問題となった特許発明はストレッチ指向性プロプレンを製造する方法に関し、40F60Fの範囲で急冷することを特徴とする。当該特許明細書には急冷浴の温度が60Fを超えると材料がカールし、40F以下になると脆くなると説明されていた。インターフェアランス手続きにおいて、クレームをコピーした出願人の明細書には急冷の温度が32F176Fであるとのみ記載されていた。このように、出願人がコピーしたクレームは明細書に開示された発明とは異なるという理由で、裁判所は出願人のクレーム(コピーしたクレーム)は明細書でサポートされていない(記述要件を満たさない)と判断した。

本事件におけるCAFCでの争点を絞ると次のようになる。明細書において加熱部(*1)の長さはエアロゾル生成物質(*2)に対して約75%~約125%、約80%~約120%、約85%~約115%、或いは、約90%~約110%と記載されており、この明細書の開示によって、クレーム10で規定された比率、75%~85%、という発明を所有していたことを当業者に合理的に理解せしめるかを判断する。 

542特許の図9

(*1)  クレームの加熱部(heating member 400、或いは、heating coil 406)
(*2) クレームではdisposable aerosol forming substance とあり対応する明細書ではan inhalable substance medium 350と理解される(筆者)。

本事案を判断するにあたり、明細書に記載された広い範囲の発明がクレームされた狭い範囲の発明とは異なると理解される場合には、明細書はクレームの権利範囲をサポートしていない、即ち、記述要件を満たさないと判断する。In re Wertheim (C.C.P.A. 1976)

尚、記述要件を満たすために明細書にクレームで規定された発明をその文言通りに開示する必要はない。542特許の明細書にはクレームされたレンジ(75%~85%)は開示されていない、しかし当該レンジの限界値75%と85%を開示している(明細書:75%~125%:85%~115%)。さらに、本件特許の技術内容及び明細書を学習し当業者が得る知識を考慮に入れて検討する。本件特許は電気・機械関係の予見可能な発明であり、且つ、クレームで規定された権利範囲を解釈するのが容易である(加熱部材の長さの比率が問題となるのみ)。従って、記述要件を満たす明細書の開示の詳述度合いは予見不能な技術分野のものに比べて低い。Hologic, v. Smith & Nephew (Fed. Cir. 2018) 

さらに、加熱部材の長さを変えることで発明の性質を変えるものではない(所謂、発明の操作性、効果、或いは、他の項目)。 従って、明細書に記載された複数のレンジ(約75%~約125%、約80%~約120%、約85%~約115%、或いは、約90%~約110%)による発明がクレームされたレンジ(75%~85%)による発明とは性質が異なるという証拠は提示されていない。言い換えると、本件で提示された全ての事実を検討しても、クレームの狭いレンジの発明が明細書に記載された広範なレンジの発明とは異なるという証拠はない。争点に対して判決を述べる上において、本件を判断する上でかなりの部分は事実認定であって、本件発明の性質と明細書より得られる当業者の知見によるということを注記しておく。

本件は喫煙具に関する発明であるということ、明細書には加熱部が対象物に対し100%を超える場合と100%以下の場合を開示されており、しかし100%以上、以下で発明の操作性の違いに関しては説明されていないということを考慮すると、当業者であれば加熱部の長さが対象物に対して100%以下のものも発明の一部と理解することに疑いの余地はない。

上記理由で審判部の結論は十分な証拠で支持されていない、ゆえに審決を破棄する。 

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