LIEBEL-FLARSHEIM COMPANY and MALLINCKRODT, INC.,

v.

MEDRAD. INC.,

 

CAFC Decided on March 22, 2007

 

Summarized by Tatsuo YABE

On April 02, 2007

 

 

クレームの権利範囲に明細書でサポートされない部分が存在するということのみでクレームは無効とはされない。 しかし当該サポートされない発明を当業者が実施しようとする場合に、明細書の開示を参酌して妥当な努力のもとに実現ができない場合(言い換えると相当数の実験を繰り返さないと発明を実施できない)には当該クレームは無効と判断されるということが、この度CAFCで確認されました。

 

ここで注記すべきは、『妥当な努力のもとに実現できない実施形態』であることを証明するのは難解な事実問題であり、同事実問題は、当業者、及び、専門家の証言によって、明細書の開示レベルが当業者を当該実施形態に導くのに妥当であるかどうかという観点で判断されます。 今回、この難解な事実問題に対して地裁及びCAFCが明白に判断できたその根拠は、

              (1)明細書がイ号実施形態の実現性を否定していること;

              (2)発明者の証言でイ号形態を出願前に実現しようと努力したが不成功に終わったこと、の2点が挙げられます。 

 

CAFCは特に上記(1)に関連して『明細書がイ号形態の実現を否定する記載をしているということはそれ自体が、当該イ号形態を実施するのに当業者が明細書を参酌してとしても、多大なる実験を繰り返すことが必要となったであろうという証拠である』と述べております。 

 

“As we have held previously, where the specification teaches against a purported aspect of an invention, such a teaching “is itself evidence that at least a significant amount of experimentation would have been necessary to practice the claimed invention” AK Steel, 344 F.3d at 1244

 

今回の事件で特異な点は、明細書でその実現性を否定したる形態が実は競合他社の実施形態(イ号)であり、尚、先行技術を回避する(権利化する)ためにはそのイ号形態と識別に必要な限定要素(イ号形態を除外するために必要な構成要素)をクレームから削除できたということです。 

 

今回の判決で、被疑侵害者は侵害行為に対する抗弁として、クレームの権利範囲の一部が明細書で実施可能にサポートされていたとしても、権利範囲に属するイ号形態が実施可能に明細書に開示されていないとしてクレームの無効を主張できることが確認されました。 しかし上記のように、イ号形態が明細書でその実現が否定されている、或いは、発明者自身の証言でイ号形態の実施化に失敗したなどイ号形態に対する明白な否定が無い場合には112条第1パラグラフの実施可能要件を盾として権利行使に抗弁するのは容易ではないと考えます。

 

さらに、注記すべきは、実施可能要件を満たしていないということで特許が無効になったとしても再発行特許出願等でその問題を治癒できる(本来得られるべき権利範囲よりも特許クレームが広範に記載されたという事由で再発行出願をし、クレーム範囲を明細書の開示と整合性がでるように限縮補正する)ので権利者は当該特許に対する権利行使の道を塞がれたわけではない。 (⇒ 出願審査中に競合他社の形態を含めるようにクレームを拡大補正することは特許庁を欺く行為ではない。)

(以上筆者コメント) 

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背景:

Liebel社は今回問題となった4件の特許の権利者で、オハイオ南部地区連邦地裁の略式判決に不服を唱え今回2回目の控訴審(CAFCでの審理:第1回目はLiebel v. Medrad 358 F.3d 898 Fed. Cir. 2004参照)に至った。 今回問題となったLiebel社の特許はUSP5456669とUSP5658261(前方装着型特許と称す)とUSP5662612とUSP5928197(シリンジ検出特許と称する)であり、当該連邦地裁においてこれら特許が実施可能要件を満たしていないという理由で無効とされた。 

 

<筆者の独断によって、複数の争点のうちで出願業務に携わる実務家に最も関連性のありそうな669特許に関してのみ紹介させていただきます。> 669特許の出願審査中にLiebel社はMEDRAD社の製品を発見し、同形態を包括できるようにクレームを拡大補正し、「圧力ジャケット: pressure jacket」という限定要素をクレームから全て削除した。 上記補正を維持する形態で’669特許が権利化された。 従って、初期の明細書に圧力ジャケットを備えていない注射器を開示していなかったが特許されたクレームには圧力ジャケットのないタイプ(MEDRADの形態)と圧力ジャケットのある注射器の両方が権利範囲に包括されることになった。  

 

Liebel特許 SP5456669の図2

 

30: Jacket Assembly     31: Pressure Jacket      32: Syringe

 

争点:(上記前方装着型669特許に関する争点と判決のみここでは紹介)

特許クレームが明細書に開示のない形態を含む場合に実施可能要件(米国特許法第112条第1項の要件)を満たさないということを理由に無効となるか? 実施可能要件を欠くと判断される場合の条件は?

 

結論:

圧力ジャケットを備えていないMEDRAD社の製品(使い捨てタイプの動物用の注射器システム)を包括するLiebelの特許クレームは同形態に対する実施可能要件を満たさないという理由で無効と判断した地裁の判決を支持する。 

 

地裁判決(‘669特許は実施可能要件を欠いているので無効)を支持したCAFCの理由:

 

              Liebel社の‘669特許の明細書・図面のどこにも同形態(圧力ジャケット無し)が開示されていないこと;

              明細書においてジャケット無しでは注射器は当該注射器の使用域の高圧に耐えるためにはシリンジが高価になり、使い捨てタイプの当該製品を製品化するのは非現実的であると記載されており、明細書はジャケット無しタイプの注射器を否定している; および

              Liebel社の発明者は同形態(ジャケット無し)を実現する努力をしたが成功しなかったことを自認している。

 

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ディスカッション(抜粋):

 

Medrad社の主張とCAFCの意見

権利行使されたクレームは112条第1パラグラフの実施可能要件を満たさないという理由により無効と判断した地裁判決は正しい。 クレームに対応する全ての実施形態が明細書で開示されている必要はない、然し、クレーム発明を実施可能にするには明細書の開示はクレームの権利幅の全体をサポートしていなければならない。 Liebel社の特許明細書は圧力ジャケットを備えていない注射器システムを開示していない。 さらに、Wands事件における判断項目(実施可能要件を満たすか否か)を本事件の事実関係に適用すると、権利行使されたクレームは実施可能にサポートされていないことが理解される。 Liebel社の発明者自身がジャケット無しの注射器システムを製造することはできなかったであろうと証言している。 Medrad社はさらに“過度の実験を繰り返すことの必要性”を支持するLiebel側の証言を引用しております。

 

(以下CAFCの意見)

本法廷(CAFC)はMedrad社の主張「前方装着タイプの特許は112条第1パラグラフの実施可能要件を満たさないという理由で無効」に同意する。 明細書の開示を読んだ当業者が過渡の実験を繰り返すことなく、クレームされた発明を実施できる場合に当該実施可能要件は満たされる。 AK Steel, 344 F.3d at 1244; Also Wands, 858 F.2d at 736-37

 

CAFCは前回の審理(地裁に差し戻しをする前の審理: 今回は地裁に差戻された後の2回目の審理)において前方装着型に対するクレームを圧力ジャケット付きの注射器に限縮されるということはないと理解し、圧力ジャケットの有るものと、無いものの両方の形態がクレームされた発明の全体には包括されると判断した。 ここでいう“全体の権利範囲”は明細書によって実施可能でなければならず、明細書は実施可能に記載していないとした地裁の判断は正しい。

 

まず明細書で圧力ジャケットのない(使い捨て)注射器に関する記載は明細書のどこにもない。 

 

明細書は寧ろその形態を排除する内容である。 『発明の背景』の箇所にプランジャが前後方向に駆動されることによってシリンダ内に25psi 〜1000psiの圧力が生成されると記載されている。 圧力ジャケットが無い場合に、その圧力に対抗可能な注射器は高価となり、使い捨てにするには非合理(非現実的)である。 然るに、この種の注射器において圧力ジャケットはインジェクターユニットに結合されており、その中にシリンジが挿入されている。 

 

‘669特許コラム1の23−31行目参照

 

In the injection phase where the plunger is driven forward, pressures are developed in the syringe that range from, for example, 25 psi for some applications to over 1000 to 1200 psi for other applications. Syringes that will contain fluid under such pressures are expensive and therefore impractical where the syringes are to be disposable. Accordingly, many such injectors, such as angiographic injectors, for example, have been provided with pressure jackets fixed to the injector units and into which the syringes are inserted. The pressure jackets contact the outer surfaces of the syringe to restrain the walls of the syringe against the internal pressures.

 

従って、明細書は圧力ジャケットの無い使い捨てタイプのシリンジを否定していると判断される。

 

以前にも述べたように明細書が発明の態様に反することを開示している場合には、その教示自体がクレームされた発明を実施するのに多大な実験を繰り返さなければならないという証拠である。

 

さらに、発明者の証言によると、ジャケット無しのシステムを製造しようと努力したが失敗に終わったということを自認している。 この証言によって圧力ジャケットなしの注射器システムを製造するためには当業者が過度の実験を繰り返す必要があるという結論に対し、実体的な事実問題が存在しないことが証明された。 さらに、Liebelの発明者が圧力ジャケットの無いシステムを試作した形跡もない。 

 

Liebel社の主張とCAFCの意見

Spectra事件の判示によると、結果が予想できる技術分野の発明においては、一つの実施形態を明細書に記載しておくことで権利範囲の広いクレームは実施可能である (Spectra-Physics., Inc. v. Coherent Inc., Fed Cir. 1987)、然るに、本669特許においては、クレームの範囲の一つの好適なモード(圧力ジャケット付き)を開示しておくことで実施可能要件を満たしている。 

 

(以下CAFCの意見)

Liebel社はSpectra判決を誤って引用している。 Spectraにおいては、ひとつの取付手段(attachment means)を開示しておくことでクレームの権利範囲に属する他の取り付け手段も当業者が製造できたが発明者にとってのベストモードを開示していなかったということが争点となった事件である。 しかし本件においては、ジャケット付の注射器を開示しているということでジャケット無しの形態を当業者が製造あるいは使用することを可能にすることにはならない。

 

本件の事実問題は、Spectra事件よりも寧ろ、AK STEEL事件に類似している。 AK STEELにおいてクレームはアルミコーティングの第1タイプと第2タイプの両方を含むストライプ鋼を規定しているが、明細書においては第2タイプのアルミコーティングしか開示していなかった。  明細書にて発明の全ての実施形態を明細書で説明する必要はない。 何故なら、当業者による通常の開発実験及び公知技術に対する知識によって非開示たる部分(ギャップ)が充足される場合が多々あるからである。 しかしクレームの権利範囲として第1コーティングと第2コーティングを含むので、出願時において当業者が第1タイプのアルミコーティングを実施しえたか否かという問いが生じる。 AK STEEL事件においては明細書に第1タイプのアルミコーティングの使用を否定する記載があったので、CAFCは、クレームは実施可能要件を満たさないとして無効と判断した。

 

本事件においてもAK STEELと同様に、権利行使されたクレームは圧力ジャケットの有る形態と無い形態の両方を包括する、然るに、明細書において“権利範囲に対する妥当な実施可能性”、即ち、本件においては圧力ジャケット付き、及び、圧力ジャケット無しの注射器システムの両方に対する実施可能性を満たす妥当な開示が必要となる。 しかし明細書にはジャケット無しの形態を否定する開示があることと、特許出願当時に同形態を実施することはできなかったであろうという発明者の証言によって、明細書は112条の実施可能要件を満たしていないとする地裁の判決を支持する。

 

本事件において皮肉なのは、Liebel社はジャケットの無い形態のシステムをクレームの権利範囲に含むことに成功した、しかしこの成功によって、同クレームの全体的なスコープ(権利範囲)が実施可能であるということを証明しなければならなくなった、そしてその証明ができなかった。

 

『何を欲しているのかということに注意すること』

という格言がここに適用されそうである。

 

 

 

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